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完全アンドロゲン不応症の人に生じた男性の性自認:症例報告(前) 

完全型アンドロゲン不応症候群の人に生じた男性の性自認:症例報告(前)
 

完全型アンドロゲン不応症候群の人に生じた男性の性自認
Male gender identity in complete androgen insensitivity syndrome.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20358272
 

これまでの記事
要約 http://morisitaazami.blog.fc2.com/blog-entry-14.html
背景 http://morisitaazami.blog.fc2.com/blog-entry-18.html
 

症例報告(前)
 

1995年,私たちの患者は17歳で完全型アンドロゲン不応症候群(CAIS)と診断されました,それは原発性無月経*1の検査で分かった事です。
診断は疑いのない女性の表現型,陰毛と腋毛がなく,乳房はタナー・ステージ5でした,陰唇は未熟で,膣は約2cmの深さの盲端(いわゆる膣閉鎖症),核型は46,XYが遺伝学的に決定されました。
アンドロゲン受容体*2の遺伝子の配列を調べると,2660delTと突然変異を示しました,このことは,コドン107で翻訳が止まって受容体蛋白が出来ない事になります。この突然変異はCAISに伴ってだけ報告されています*2。
家族の他のメンバーにCAISは居ませんでした。
1996年に両側の性腺摘出とヘルニア修復を行い,性腺の組織は,腹腔内に位置して,1x2cmのサイズで,未熟な精巣の診断でした。
 

CAISの診断が,核型を含めて,患者に告知され,不妊になるのでカウンセリングが勧められました。
興味深い事に,妊娠できない事は,患者の意見によれば,CAISの最大の利点で,今まで子供を欲しいと思った事はないからでした。
短期間エストロゲン治療が,治療医のアドバイスにより,18歳の時行われましたが,ネガティブな情緒的反応が出て,身体の女性化の嫌悪の表出となり,治療は中止されました。
 

数年後,23歳の時,患者は医学的記録の為,再診し,その時初めて,核型の結果がどのような意味かを知り,男性と女性の通常の発達における性染色体の意味を悟りました。この情報を知って,彼女の身体を,長く続いている男性の性同一性に一致するよう変える希望が出ました。
 

3歳の頃から,小児発症の反対のジェンダーの行動が認められていました。彼女はスカートをはくのを拒否して,それは馬鹿げていると思いました,男児とだけ遊び,言葉にして反対の性になりたいと表現しました。
患者は,労働階級の家族の一人っ子でした。両親は,彼女が出生後早くに離婚しています。
母親は再婚し,新しい結婚で娘を持ちましたが,その子はニーマン・ピック病と診断され2歳で亡くなりました。
母は離婚し,3人目のパートナーと一緒になり,彼は以前の関係で出来た2人息子を連れて来ました。
従って,私たちの患者が主に育った家庭は,早い時期の母親,それから義父と2人の義兄弟でした。
彼女は,義兄弟とは,とてもよい関係でした。


しかし,母との関係は常にストレスがあり,というのは主に,母があまり,子供の頃からの反対のジェンダー行動に理解が無く,女性のジェンダー役割を押しつけるからでした。
児童期と思春期に,母親も患者の,基礎にあったCAISの診断の事に気づきませんでした。
 
 
*1 原発性無月経 生まれてから,一度も月経が来ていないこと。
*2 アンドロゲン受容体不応症
http://omim.org/entry/300068
http://androgendb.mcgill.ca/



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